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2011年の平々坦々

毎日の暮らしの中で「お!」と思ったことや、「?」と思ったことなど思いつくまま書けるページがほしかった。
自分の覚書のためにも書き残しておこうと思う。

 2011.12.23 休んだ祝日に映画鑑賞  「ステキな金縛り」 写真はパンフレットより
 
 三谷幸喜監督作品ということで、前から興味はあったのだが、なかなかチャンスがなく、ようやく行けそうとなったのが、12月23日阿倍野ルシアスでの最終上映午後8時10分から午後10時45分の一回のみ。「なんでぇ〜??」と思いましたが、しようがない。10時45分なんて通常なら白川夜船の時間じゃないですか!まあ睡眠はそれまでにもたっぷりとるとして、帰ったらすぐに布団に飛び込めるように、風呂も食事も済ませて、映画館へ。それにしても、Q'sモールの出現はルシアス、アポロに大打撃を与えたようだ。クリスマスイヴイヴというのに、閑古鳥。映画館が無ければ足を運ぶ人も少ないのではないだろうか。それはさておき、映画の内容。どの場面をとっても、「クスッ」と笑ったり、「ぶはっ」と吹き出したりする作り。役者さんたちはもちろん大真面目の顔でされているのにね。びっくりしたのは、「えっ」と思うような、ほかの映画なら主役を張るような役者さんたちがチョイ役で出てくる。それも何人も。そう、ジャッキー・チェン主演の映画にチョイ役でユン・ピョウが出ていたような、そんな感じ。そういったことはともかく、幽霊が証人になれるのか?の結末だが、なれたんですね、これが。幽霊の見える人と見えない人との違いを考えると、条件が3つあることがわかった!という設定をしているところが上手いなと思わせられる。「家庭や仕事がうまくいっていない」「最近死を意識した」「シナモンが好き」その3つ。それが「幽霊がみえる人」の条件。最終的には殺人事件の真犯人もつかまり、めでたし☆となる。もう上映しないところのほうが多くなるのだろうから、言う必要もなかろうが、終わってからのエンドロールが始まったからと、早々に帰ってはいけない。エンドロールの左に映る画像が、映画の終了後の続きなのだ。なんともほほえましいというか・・観終わった後味がとてもいい。得した気分であった。
自分自身をひどい目に遭わせたのにね。ひどい目とは↓こちら
何時も映画を観るときはホットコーヒーを買って持って入る。ちびちびと飲みながら見るのが楽しみ。それと予約した特権?のポップコーンもときどきつまみながら。最近のコーヒーはプラスティックのふたに切り目がついていて、ちょうど飲み口に合うぐらいの大きさの穴が開くようになっている。その切り目を破ろうと左手でカップを保持して、右手で開けようとした。その途端持っていたはずの左手がつるっと滑ったのだ。自分のコートを流れていくコーヒーを見ながら、「あららら」と、コートをタオルハンカチで拭こうとしたら、相手は何処にでも入る液体。太ももまで到達して、「あちちちち」と心の中で、こりゃいかんとばっかりに座席の前に横向きにしゃがみこんでタイツを引っ張り下ろした。まったくスカートをはいていてよかった。ズボンだったらそれを脱がにゃいかんところだった。そういうとき、我慢していたら、ものすごい水ぶくれになり病院の世話にならねばならなかっただろう。それでも少々ひりひりするところはコーヒーで濡れたタオルハンカチが外気で冷たくなっていたので、それを湿布代わりにあてて。やれやれ多少スースーするが一段落。映画が始まってしばらくして、ポップコーンのカップを右手で持ち上げたら・・・想像に難くないでしょう。その右手がつるっと滑ったのだ。当然、まだ9割がた入っていたポップコーンをぶちまけてしまった。もうね、右隣の次男は肩を震わして声を出さずに笑っているし、きっと左隣の夫は他人の振りをしていたことだろう。私自身何か起こっても声を出すタイプではないので、映画を鑑賞している人たちには迷惑をかけなかったとは思うが、さすがに後ろに座っている人たちにはドジぶりがばれていたかもしれない。映画が面白かったので、他人のアタフタには気づかなかったかもしれないが。メンバーさんで「指の力が無くなってきて・・」という方がいらっしゃったが、私も同類にならせていただいたようで・・・二度あることは三度あるとその日は注意に注意を重ねて、できるだけ片手では摩擦の少ないものは持たないようにしようとした。だから、その日は無事だった。寝るときに太ももに冷湿布をして寝た。
しかし、 三度目↓は翌日やってきた。
       
 冷蔵庫からSONOKOつゆを出そうとして落としてしまった。炊事手袋をはめているから、握力が弱いと滑ってしまう。まだほとんどさらだったのに。  注意したつもりなのにガラスでけがをしてしまった。血がとまるまでになんどか絆創膏を替える必要があった。  もちろん炊事手袋をして調理をする。炊事手袋は私の必需品。調理中に配達があったりして、他の場所を触らねばならないことも多く、素手ならばその度に調理前の手洗いをせねばならない。また今日のようにけがをしたり、指輪をしていたりというわけで、時間短縮のためもあるから。  これはおまけ。右手もやけどをしてしまった。やけどした時は水に冷やしている時間がないので、冷やすタイプの湿布をする。こちらは昨日とは違い、軽かったので、一時間ほどで外したが。気を付けないといけないなとしみじみ思う。
 2011.12.12 痛烈に思ったこと。
 昨日、抽選会の支度をしたあと一眠りして、買い物に連れて行ってもらった。噂の薄手のダウンジャケットが欲しくて、ユニクロに。
家族全員のものを、ジャケットだけじゃなく、下着から、靴下手袋帽子など、15点!でっかい袋4つ分。それでなんと4万円台!
しみじみ思いましたよ。「これじゃぁデパートは不利だわなぁ」と。デパートなら、モノにもよるが、ジャケット一着だけで4万円でも5万円でも足りないことの方が多いだろう。デパート側の言い分はどうだろうな、おそらく、「値段がお安くない分、スタッフの態度、設備などでお客様にご満足いただけるはずだ」かな?ユニクロの社員教育、行き届いていましたよ。不愉快な感じは一つもなく、とても気持ちよく店を出ることができた。デパートの強みは「衣類だけじゃないところ」だろうか。あとはなんだろう、客の側のプライドをくすぐる何かがあるかないか・・私にとってはどうでもいいことなのだが、そういうのがお好きな方々もおられるだろう。いやはや大変な時代になっていることよ。私の所属する薬業界はとっくの昔(バブル崩壊のちょいと前から)に価格競争、価格破壊の荒波にもまれている。数え切れないほどの薬屋が廃業していっている。生き残るための手段を選ばねばならない時代にすでに長年どっぷりつかっている。今まで安穏としていたところが、そうはしていられなくなってきているということか。いろいろな大手と呼ばれる企業が粉飾決算などで窮地を乗り切ろうとしてきたことが暴かれ出している。今後もっと起こるんじゃないかな?似たようなこと。つまり、今までと同じやり方をしてきたところはすでに窮地に追い込まれているだろう。そして、それは企業に限らず個人個人にもいえること。「今までと同じではいけない」。日々工夫して「自分を守る努力」をしていかないといけない時代だということだ。

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これをのせた翌日(13日)ふくろう様がいいことを教えてくれました。
ユニクロの衣類を着るにはある程度標準体型でないといけないということ。つまり、サイズのバラエティがすくない。だからこそ大量生産ができて価格を抑えることができるのだ。と。
なるほど!私が買った薄型のダウンジャケットもL寸であるにもかかわらず、M寸か?と思える大きさ。XLでもいい加減。目から鱗とはこのこと。
それがデパートの生き抜く道なんだなと感心した。世の中上手くできています。
 2011.11.10 アマゾンから届きましたぁ〜♪
   和田はつ子氏の作品はシリーズ物が多く、巻数も多いので嬉しくなってしまう。前回は歯医者さんが主役、今度はどうも医者らしい。出てくる漢方薬も興味深く読むのが楽しい。あと今井氏と高田氏の新刊、どちらもほのぼのとした力作なので、読後感がとてもいい。久々ラズウェル氏の新しいもの。これはシリーズなのかどうなのか。説得力のあるコミックスである。読書時間は睡眠前の布団の中。よく寝る前に本を読むと目がさえて眠れない、などと聞くが、私はそのような懸念は全くない。眠い時は2〜3行で眠ってしまう。だからと言って面白くないわけではない。もっと読みたいよ〜と思いながら寝ちゃうんだろうな。日が短くなると、「すぐ暗くなってせわしい」と嘆く人も多いが、それも私には当たらない。しめしめもうすぐ寝る時間、つまり読書タイムだと思うと嬉しくなるから。何時までも明るいと「寝る時間がなかなか来ない」と思ってしまう。
2011.10.29 完成〜☆
来年の干支のぬいぐるみ?とパッチワーク。とにかく小さな部品が衣服についてあっちこっちに紛れ込み、探すのに、大わらわ。
早く仕上げるコツは、とにかく、その「探す時間」をなくすこと。
そのためには、できるだけ早い時期に部品を本体のあるべき場所にくっつけること。
あと、ちりめんはほつれてきやすいことこの上ないから、何度も縫い直すなどということは言語道断。素早く間違わないように縫わないといけない。竜の胴体に綿とキルト芯を入れるコツは、先ず尻尾の先のほうの綿は長いピンセットで、端まで入れる。その上に針金に巻いたキルト芯を入れるのだが、針金の先をリング状にして、それと、それに巻いたキルト芯とを糸でしっかりと結びつける。そうしないと針金だけが先に下まで到達してしまう。
ミニタペストリーのほうはアップリケするものを軽く糊付けして、しっかり形にしておいて、糸で縫っていく。
その他細かいコツはいっぱいある。
予想以上に大変だったが、なかなか楽しかった。
2011.10.25 ばんざーい!!
心の隅に、いや、かなり真ん中らへんで気になっていた、事件簿の原稿を描きあげてポストに投函しましたっ☆もう一つ、メンバー様以外に出す喪中葉書も刷り上がりっと。
こんな風にどどっとできたのには理由がある。英子様が干支のパッチワークを持ってきてくださったのだ。早く仕上げて、ほかにする人の疑問点に応えられるようになっておかなければならない。英子様はパソコンのメンバー様だから、あまりパッチワークの指導のほうでお時間を取るわけには行かない。そういうことを考えることもなく長時間、質問なさる方もいるが、ハラハラする。英子様に申し訳なくて。
さっ、四の五の考えてないで、やらなくちゃね。
2011.10.12  どうしても解明したくて原作コミックを買いました。
先ずコクリコ坂の主人公のお母さんはカメラマンという仕事でアメリカへは仕事のために行っていたという設定。ちなみに時代背景は現代。
耳をすませばの主人公の母親は普通の主婦。しかも登場したのは最初の方のホンのの何コマかのみ。
これは私の独断と偏見だが、宮崎駿氏がなぜか「主人公の母親が『何かの勉強』をしにどこかへ行っている」という設定にしている場合が多いのは、宮崎氏自身が大人になってから「何かの勉強」を「どこかへしに行きたかった」からではないかと思う。
自分の果たせなかった夢を作品の登場人物に託しているのだろう。
これからはそう思ってあまりイライラせずに映画を観ようと思う。
イライラすると自分の心がかわいそうだから。
 
2011.10.2  映画「コクリコ坂から」を見てきました☆  画像はパンフレットから。
時は1963年。翌年に東京オリンピックを控えた時代。工場の煙突からは様々な色の煙がもくもくと吐き出され、大公害時代に突入しようとしていた。(そう、今の中国がまさしくその状態らしいように。)米を羽釜で炊き、マッチで火をつけ、洗濯ものは洗濯機のローラーで絞り・・・私は羽釜でご飯を炊いた覚えはないが、それ以外はすべてなつかしい。ガリ版刷りの時も原稿を鉄筆で書くのが好きだったな。今回は宮崎吾朗監督作品だから、きっと100%理解できるだろうと、期待して見に行ったのだが、あにはからんや、「?」という部分があった。そう!あの名作「耳をすませば」と同様、主人公の母親が何か勉強をしているのだが、それが何の勉強なのか、何になりたいのかが分からない。明らかに目標を持っているらしい。今回などはアメリカで勉強してきたという設定!しかし、それに関して、具体的なことは一切触れられていない。「またこういうシチューエイションか!吾朗さんもこういう路線なのか・・」とがっかりしかけたが、シナリオはお父さんの駿(はやお)さんということで、変に納得。きっと「具体的に表現しない方が、見ている人が自由に考えられていいだろう」と思っておられるのか?と思うが、それはとんでもない勘違い。欲求不満ばかりが募る。どうやらコミックが原作らしいので、そのコミックを買うことにした。宮崎駿氏のコメントには盛んに「原作は不発におわった」が連発されていたが、果たしてそうだったのか?原作のコミックを見て、判断したい。それ以外は全般的には◎である。見た後ほのぼのとした気分が残る。「観てよかった」作品の一つに挙げられるだろう。主人公の海(うみ)が「夕ご飯を早く作らなくちゃ」と割烹型エプロンをするのだが、そのとき、後ろのひもを結ばないで米をとぎだす。「ああ、わかるな〜。ひもを結んでいる暇がないんだ」と大いに共感。とにかく昭和に浸りたい人は見行くべし。映画館は空いているがまだ終わりそうにない。昨日の客は10名。ゆったり観ることができた。
2011.9.21  さっそく届きましたぞ
さすがアマゾン!仕事が早い!でもね、「南天うさぎ」が第一巻で「手鞠花おゆう」が第二巻なんてわからないんですよ。(と言っても無駄か。)さっそく読みたいところですが、新刊のほうから読まないと、お待ちいただいているメンバー様がいらっしゃるかも。
ところで、下に載せた「黄金の歌謡曲」全5枚なのだが、5枚目がお気に入り。大好きな「バスストップ」が収録されている。おまけに「うおっ!あおい輝彦の曲がある!」と狂喜しかけたのもつかの間、曲が「センチメンタルカーニバル」ぅ〜〜??がっくり。あおい輝彦といったら「あなただけに」でしょうがぁ!!と欲求不満。仕方がないから?YOUTUBEで「あなただけに」を聴いて、ちょっと満足。で、はた!と思い当たった。似てるんですよ。雰囲気が。あおい輝彦さんと大野智君とが。グループの中で一番背が低くて、どっちかというと丸顔かな?で、やはり歌がうまくてね。もっともあおい輝彦さんの歌い方はなんとかという作曲家に言わせたら「なっとらん」らしいが、いいんですよ、私が好きなんだから。で、ついでに大野君のソロの歌はないのか?と検索すると、ありました。が、もちっとバラード系の歌を歌ってくれないかな?ダンスがうまいのはわかったから、そう動き回らなくていいから。
あと傑作なのが、グループで歌っているのだが、大野君のソロの部分ばかりを集めたものもあって、おお!同じような欲求を持つファンがいるんだなと。もっとも、ほかのメンバーについてもソロを集めたものがあるのだろうが。さらに初めて知ったことだが、大野君には何やら黒いうわさもあったりして。こういう噂ってありがちやなと受け止めとりますが。大麻吸ってる顔に見えないですがね。もう一つ、二重まぶたに手術したのか幼いころの一重まぶたの控えめな画像も載っていて、「おお!ジャッキーといっしょやね」なんて嬉しくなっちゃいましたよ。アップに耐えるかわいい顔にしてくれてありがとうね。変な噂が立っても押しつぶされないでね。写真の合成、差し替えなんて、素人だってできるんだから、雑誌の写真なんかクソクラエ!ソロになったら応援しますよ。こんなばあさんに応援されたって嬉しくないでしょうが。まあまあ、枯れ木も山の賑わいですよ。待ってますよ☆
2011.9.20 黄金の歌謡曲〜昭和に浸る時間〜
今は歌謡曲にひたれるJPC。まったくピアノ珍道中が近いんだから、ピアノ曲を流せばいいのにってなものだが、そういう時って、かえって違うものが聞きたくなる。昭和の時代に一世を風靡した歌手の方々のヒット曲ばかり集めたCD集。「?こんな曲なんてあった?」というものもちょこんちょこんと混ざっているものの「うひゃ〜懐かしい〜!!」という曲が満載。え?どうして手に入れたって?言わずと知れた生協ですよ。ほんといろいろあるので、いろいろ買わせてもらえます。ただね、こういうのを聴いていると、「ああ、JEROなら『海雪』だなぁ」と思うのだが、それ以外の曲がこういうCDには採り上げられないであろうと思うのがちとさびしい。ぜひとも私の目の黒いうちに(オーバー?)最低もう一曲ぐらいはビッグヒットをかっ飛ばしてほしいものだ。いしだあゆみさんは「ブルーライトよこはま」と「あなたならどうする」とか、加山雄三さんでも(失礼)「蒼い星くず」と「君といつまでも」が採り上げられている。それにしても今は70代の声を聞いても、加山雄三さんは同じように歌えるんだから大したもの。しかしなんで布施明さんが「積み木の部屋」なん?「シクラメンのかおり」ではなくて?と思ってしまうが。まあ、編集者の好みなんだろう。
2011.9.20 本たち、ようこそJPCへ☆
まーたたくさんの本たちが来てくれました。うれしーなー♪♪実はお気に入りの「今井絵美子作品」がそろそろ読みつくして、あとは新刊を待つ状態になってきたから、もう一人の量産作家?の和田はつ子氏の作品を物色してみた。なんと「口中医」が主人公のシリーズ。江戸時代の歯医者さんが事件に巻き込まれ、解決していく話なのだろうか・・なんとも興味深い。しかーし!そのシリーズの第1巻と第2巻を注文し損ねている。まったく!通し番号を付けておいてほしいものだといつも思いますよ、アマゾンさんよ。
あとは同じ和田氏の「料理人季蔵シリーズ」の新刊、佐伯氏の「伊那衆異聞シリーズ」の新刊、そして、今井氏の「すこくろシリーズ」の新刊、そして、赤川氏の「爽香シリーズ」の新刊などもやってきてくれました。シリーズをご覧になっていて、心待ちにしておられるメンバー様、どうぞ、ご利用ください。でも、ちょっとお待ちくださいね。先に読ませてくださいね。
2011.9.18 へバーデン結節  『よい子はまねしちゃダメですよ』
2〜3年前以来、小指から始まった老化現象の一つ、へバーデン結節。うーむ・・・次第に膨れていくもんだなぁと眺めていたが、どう考えても、こりゃおかしかないかい?と思えるふくらみが生じてきた。半透明の水ぶくれのようなもの。ぷちゅっと刺したら、何かが出てきそうだぞ・・と。2〜3日考えて、「皮膚を傷つけちゃいけない」という日頃の主義主張に反して、「まあ、自分の小指だ」と、注射針でちく!と。「あいててて」と思いながら、指でしごくと、透明のゼリー状のものが出てきた。しかし、残念なことにふくらみが無くなるところまではいかなかった(上の右の画像)。上の左と中が突き刺す前の状態。ほかの指も第一関節が凸凹になって来そうな雰囲気だから、まだなっていない記念に写しておいた。そして、この左の画像は翌日の夜絆創膏を取り除いて撮影したものだが、何やら、また膨れてきそうな雰囲気である。「無理して膨らまなくていいんだよ」というのだが、膨らみたいらしい。まあ、好きにしてくれ。
2011.9.16 覚書、思うことなどいろいろ
●今読んでいる今井絵美子著「照降町(てりふりちょう)自身番書役(かきやく)日誌」シリーズには髪結い床がしょっちゅう出てくる。ということは当然髪型の名前が出てくるということ。今のところ「つぶし島田」しか覚えていないのが情けないが、いったいどういう形なのだろうと想像をたくましゅうしながら読んでいたが、いまいちピンとこない。そこで、おなじみネット検索。あるもんですねぇ。載っていましたよ、つぶし島田。その他まだ検索でヒットしないけれどぜひ知りたい髪型がある。「くさたばね」だ。身だしなみを構わない髪型の典型として出てくる感じである。想像ではただ、一つにくくっているだけではないのか?と思うのだが。ところで、ここで分かったことはなぜ衿を抜くようになったかということ。後ろ髪の襟足の部分(確か「たぼ」と呼ぶんじゃなかったかな?)が島田などを結った場合着物の衿に付いて汚れるかららしい。なにせ、1ケ月ぐらいシャンプーしないことが多買ったらしくて、びんつけ油で固めてあったらしいから。ならば現代において、衿を抜く必要はあるのか?と思う。冬場に衿を抜いて着物を着るのは寒い寒い。

●最近特に暑がりの人が世の中には多いんだなと感じることがある。昼間は相変わらず蒸し暑いが、朝晩はクーラーなしでも過ごせるようになってきた昨今でさえ、夜にクーラーと扇風機をかけて過ごす人がいると知ってビックリ。さすがに風邪をひいてしまわれたが、無茶をしてはいけません。

●赤飯の作り方の覚書:ささげ半カップを水3カップで25分前後煮る。最初は強火で、沸騰したらびっくり水を3回加え、その後弱火で煮て、煮あがったら仰いで冷ます。もち米3カップを優しくもみ洗いして、20分水に浸しておき、水を切って、厚めの鍋に、ささげと混ぜ、ささげの煮汁プラス水とでコメの上6oの水面になるようにする。強火で6分、蛍火で13分、火を止めて10分蒸らす。はんぎり(っていう名前だったっけ、あの木のたらいの小型)に移してさっくり混ぜる。胡麻2、煎った塩1を混ぜたごま塩を少々ふりかける。(これ、一度作ってみたいが、厚手の鍋が手に入るまでと思っているので、忘れないように)

●じゃがいも料理もTVでやっていたなぁ:ネギを炒めて(うちなら乾煎りかな)ジャガイモを2cm角ぐらいに切ったものを入れみりんと醤油を同量入れ、ジャガイモに火が通ったら、さっとゆでた糸こんにゃくを入れてひと煮立ち。(今、全部材料がある。ぜひ作りたい。でも明日はクッキングパーティだから作れない・・)
2011.8.25  今は亡きテレサへ
生協で手に入れた貴女のカバー曲。
いったいどうしてそこまで心を込めて歌えるのか・・。
北京語、台湾語、広東語、日本語、英語、山東語、マレー語、フランス語などの言語に堪能な貴女だからこそ完璧に歌詞の意味を理解できるからでしょうか。普通にカバー曲を聴いたとき、私は必ず、その歌を持ち歌としている歌手の声でその歌を聴きたくなるものなんです。でも、「川の流れのように」も「津軽海峡冬景色」「人生いろいろ」「六本木ララバイ」「無言坂」「命くれない」「北国の春」「浪花節だよ人生は」「乱されて」「真夏の果実」「夜霧のハウスマヌカン」「日本海」「夢芝居」「愛しき日々」「片恋酒」「心凍らせて」のどれも、貴女の歌声で歌われたものが最高だと思えます。それ以外の歌声を聴きたいとは思いません。すばらしい音源を遺してくださってありがとうございます。喘息の発作で逝ってしまった貴女、苦しかったでしょう。咳の苦しさはよく知っています。そんな死ぬほどの咳を強い薬で抑え続ける生活だったんですね。歌手になったことで貴女は命を縮めてしまったのでしょう。だけどね、歌声を聴いていると、歌うことが大好きで、歌い続けることが幸せなんだと言っているように聞こえます。テレサテンは幸せに満ちた太く短い一生を送ったことを信じて冥福をお祈りしています。
2011.8.23  念願の本棚整理。あたらしい本が手に入りました。
買ってはみたけれど、見る暇が絶対にないビデオ、一度は読んだが、もう二度と死ぬまで読まない本、それらをブックオフに持って行ってもらうことにした。
5ケース積み上げてある分。
どうです!!このすっきりしたこと!空いているところがこんなに増えました。うれしいなあ。シリーズ物はまだ増えていくだろう。 さっそく届いた本達。今回はなんと「今井絵美子」著ばかり。とても魅力的な話を書く作家さんに出会えたことよと、とても嬉しい。
2011.8.16   やっこらさ、手帳も☆
二種類作ってみた。皆さんもいろいろなバリエーションのものを作ってみるといいと思う。ここにははっきりとは載っていないが、今回のしおりは先に丸ではなく、三角のものを付けてみた。本当は「しずく型」のものにしたかったのだが、私のニッティングの腕では到底無理!で、三角。
別に三角でも四角でも、なんでもいいと思う。言いたいことは、いろいろなことを試して楽しんでほしいということ。
ただね・・・みなさん、ご自分で作られたものをカレンダーにせよ、手帳にせよ、使っておられるのかしら・・
実際に使いたい!と思ったら、いいものができます。「どうでもええねん、こんなもん、使う気ないわ」という方は無理に作られなくて結構です。
今までの私なら、「プリントアウトしなくても、パソコンで作るだけは作られたらは?めったにない『エクセルを使うチャンス』なんですから」となだめすかして、応援してきたものです。
でも、寄る年波とは恐ろしいもの、さすがの私ももうそこまでの元気がなくなってきました。
むりに叱咤激励は致しませんので、皆様どうぞ、ご自由に脳トレをされてください。
するも、しないも、みな、ご自身のことです。今後も一応課題は提唱しますが、参加するしないはそれぞれにお任せしますね。(トシとったね、私も。)
2011.8.10  2012年のカレンダー完成!
枠組みは去年のを利用したから、早くにできていたのだが、背景とか、ポイント画像をどうしようかと思っていて今になってしまった。一枚一か月の方には、今年の赤川次郎ファンの集いで行った岡山県の後楽園の風景をぼかして入れた。今年は少々途方に暮れていたので、この風景には大いに助かった。
私はめったに旅行はしないから、「旅行によく行く人にはこういう画像のコレクションがあっていいなぁ」とまじで思った。
一枚二か月のパターンの方には、今年の隙間脳トレに関する絵を入れたが、ぱっと見たところ、ぼかしてあるので、何の絵かわからないだろう。
手帳は枠組み以外まだできていないが、さぼらずに何か考えたいと思う。毎年プレゼントしている相手もいるのだから。
2011.7.28  ようやく事件簿の原稿完成、投函!
事件簿のファンの集い編の地方大会のB5イラスト担当は今のところ私になっているようなので、そのことを考えながら写真を撮りまくってきた。どういうところにどのキャラクターを立たせようか・・。
茶店では、やはり、石津刑事登場でしょうから、三毛猫ファミリーだろうし、鯉に餌をやるのは魔女シリーズの三人かな?などと。B5に後楽園と岡山城を入れたもので、(ほとんど後楽園だが、)人物が小っちゃい小っちゃい。やたらごたついたが、まあ私らしくていいか!ってなものです。
こんなの嫌だなと思う会員がいたら、投稿されれば、すぐさま担当の立場を譲りたいのだが。
苦になるとはいえ、まあ、楽しみながら、描かせていただいた。今回しみじみ思ったことは、事前に調べていっていると、なんとよくわかることか。なるほどと思いながら見て回った。一生忘れることはないと思う。次回もし、無事に参加出来たら、どこかを調べて、そちらに赴きたいと思う。
2011.7.19  アマゾンから届きました☆
ネットショップは本当にありがたい。特に書店巡りが趣味だった私にとって、出ていかずして本を選べて、買えるなんて・・・☆
ただし、代金引換でしか買わないので、DVDなどは変えない。(カード決済のみ)
そそ、古本もカードでしか買えない。妙だなと思うのだが、致し方ない。
ここ最近、女流時代劇ばかり読んでいる。佐伯作品の新刊発行頻度が落ちてきたということもあるのだが、比較的料理の事を詳しく取り上げている小説はないものかと思った時、目についたのが、高田郁(かおる)作品だった。次が、和田はつ子作品の塩梅屋季蔵(あんばいやとしぞう)シリーズ。そして今、今井絵美子作品「立場茶屋おりき」シリーズ・・なかなか面白くて、次々読んでしまう。
ただ、今週末には、赤川次郎ファンの集いに参加する都合で、最低一冊は赤川作品も読んでおかねばなるまい。
今年の5月25日発売だから、同じものを重ねて買ってしまうということはあるまい。(←よくやってしまう。)

悩みはだんだん本の置き場が無くなってくることかな・・
2011.7.18  ハリー・ポッター完結編を見てきました。画像はパンフレットから。最後だから、盛大に使わせてもらいました。
最終回がやってきてしまいました。原作と映画は別物と思ってみなければいけないとは言うものの、何のことはない、原作をかなり忘れている自分を発見した。もう一度訳本のほうをじっくり読んでみないといけない。劇中では7年のはずが、映画にするのに十年かかった。最初は10〜12歳ぐらいだった主だった登場人物の子供たち、10年たつと変わるもので・・それは原作の中でもその通りのはずだから、それはそれでいいのだが、回想場面で2001年ごろのが出てくると、かわいくて思わず微笑んでしまう。あ、そうそう、今回初めて3Dの映画を体験。まー・・そのメガネの重いこと重いこと。ずーっと片手で支え続けてみていました。時々、ずらして、裸眼で見ると、線がぼやけて見える。メガネをかけると、人物の立ち位置や、舞い上がるものなど遠近感がくっきり。感心しましたが、あのメガネ邪魔くさい。
そそ、肝心の映画の事を言わないと、私が映画ではこれらは絶対に省かないでほしいと思っていたところ、全部丁寧に表現してくれていました。最後のほうのあの世とこの世の間でダンブルドアとハリーが話す時、椅子の下にいた『もの』、あれが原作ではどうも想像ができなかった。「まさかドビー?」とか思っていたのだが、なんと百聞は一見にしかずの言葉通り、いっぺんに氷解。見てよかった。ハリーの本を全部読んでいて、ハリーのシリーズを映画で見続けてきた人は、絶対に見るべし!大満足間違いなし。
さて、俳優の皆さんも、これで文字通りホグワーツを卒業したわけで、今後の活躍を期待していますよ☆
(ドラコ役のトム・フェルトン君いい役者になりましたねっ♪)
おお、そうそう一つびっくりしたのが、ヴォルデモードを妄信しているベラトリックス・レストレンジ役の女優さん「英国王のスピーチ」で英国王の王妃を演じたヘレナ・ボナム=カーターという人だったこと。いまごろ気づいて・・なんと役者さんというのはどんな役にもなれるんだなと、今更ながら感心した。
2011.7.2  特になんという関連性のないもの2点
おそらくこの辺の地域の中では一番早いといってもいいんじゃないだろうか。今林だんじり曳航(えいこう)。再び始まった梅雨の合間を縫って。
去年は雨降りで、みんなレインコートを着て曳航していたのを思い出す。
例年より片側の車両の交通量が多いように思った。しかし、それは気のせいだろう。
この時になると、いつも思う。「こんなにたくさんの若者たち、いつもどこにいるんだろう」と。
今年は「はばかり(葉ばかり)さんで花は無理かな?」と思っていた、ヒツジ草(姫スイレン)が、花開いた。しかも3つも☆夜になると閉じて、また翌日の昼3時ごろ咲く。3日間ぐらい楽しませてくれる。水の底ではどうなっているのかわからないが、春ごろ、ほかの植木鉢に撒いた同じ肥料を放り込んだのだが、効き目はあったのだろうか。ところで、左上に載っているのはサブちゃんにもらったアロカシアなのだが、真ん中の大きな葉っぱは、外に出してから伸びてきたもの。室内では葉っぱが枯れてきていたので、外に出したのだ。室内のほかの観葉植物も外の方が元気になるのかな?
2011.6.19  「さや侍」を見てきました。画像はパンフレットより。
映画を観るときいつも買うものに、ホットコーヒーとパンフレットがある。予約したらおまけにポップコーンがついているし・・・
パンフレットはこのようにサイトに画像を使わせてもらいたいということもあるのだが、パンフレットにしか載っていない制作秘話が読めるからだ。
このパンフレットも、袋に入って封印されていた。つまり、「観るまで見るな」という意味なのである。
以前「相棒」の劇場版でもこういうタイプがあった。こういう時、あえて見る人もいるのかもしれないが、私は、見ないクチである。ラストを楽しみにせよという意味だからだ。
だから、この場でも結末を暴露するような愚は犯すまい。
母親をはやり病で亡くしてから、笑いはもとより喜怒哀楽を表さなくなった多幸藩(たこはん)の若君を30日間の間に笑わせたら、脱藩の罪は問わないということで・・・素人に毛の生えたような役者さん(?)が工夫を凝らして芸をする。観客である我々は、次々繰り出される出し物に、クスクス笑い続ける。中には、失笑をさそわれるものもあるのだが。
なぜさや侍になったのか、30日ののちにはどうなるのか。父と娘の行く末は?など、次第に明らかになってゆく。そして、ラスト、観客は、水を打ったように静かになり、涙がほほを伝うに任せることになる。劇場が明るくなって席を立つとき、ほとんどの人が無言。この夏上映されるハリポタなんぞ見た日には、「やっぱり訳わからんかった。間で寝たからよけいや」などというであろう連れ合いも、「面白かったな」などと端的な感想をつぶやく息子も、そして、私も、一言も発することなく、劇場を後にした。つまり、とてもよくわかる映画で、そして、しみじみ考えさせられる映画で、見事に裏切られ、見事に納得させられた。松本人志監督に喝采を送りたい。もう一つそのあとのおまけシーンで監督が姿を現したらしいのだが、まったく気づかなかったのが残念だ。
2011.6.14  省エネ対策の扇風機ついに入手。
世の中には暑がり寒がりが存在する。いちばん始末の悪いのが暑がりの寒がり。どちらの季節も電気代が思い切り必要なタイプ。
今年3月11日に起こった三陸沖の大地震で、福島原発が大打撃を受けた。そのあおりを食って、この夏は節電をせよとのこと。(15%らしい。数字の根拠がよくわからないが。)日本中、いや世界中には、何が起こっても不思議ではないぐらいの老朽化した原発がたくさんあるという。世の中の流れがようやくあきらめの中に原発を受け入れだしたころだっただけに、「やはりとてつもなく危険なものだったんだ」ということが再認識された。何年か前から、クールビズなどと言われだし、夏場の節電が唱えられ出してもなかなか進まなかった原因、それは男性の背広神話。背広を着ていることが礼儀正しいことであり、どこに出しても恥ずかしくないという考え。夏場の男性の長袖の背広姿ほど暑苦しく、不愉快なことはない。地獄のような冷房のきつさはひとえに背広を着こんだ男性が快適な温度なのだろう。半袖ワンピースの女性など震えあがっている。私のような寒がりは夏場の講習会などには防寒着を二枚は持参しなければならない。さすがに今年は官公庁でも半袖シャツに、極端な例では半ズボンで出勤という例が出てきた。ありがたいこと。これで背広神話に逆戻りしたら、元の木阿弥だが、このまま進めば、節電はもとより、温暖化も防げるのではないだろうか。
おっと!そういうわけで当店でも暑がりの人のための扇風機がやってきた。羽がないから、掃除が簡単。軽いからどこへでも持って行ける。暑がりの方、どうぞ、汗をひかせるためにお使い下さいませ〜☆
2011.6.9  オリジナルうちわ、』とりあえずできました。
夏ハガキには小物たちの画像を使う。だから、うちわや川柳にはこのたちの絵を描くこととにした。
あちこちにロゴを加えた程度。
もう片面は、
どうしても魚を登場させたくて、パソコンのスクリーン画像でおなじみの水槽の絵にした。
去年は川柳珍道中のときに初めて持ってくること。そして、当日テーブルごとに回して見せてもらうこと。としていたが、いかんせん、時間が短い。
したがって、うちわを作ったら、すぐにJPCにくるときに持参していただいて、使っていただく。
そして、見せてもらう人は、自由に見せてもらって、作成秘話などお聞きする。
そういう方針に変更することにした。
どうぞ、メンバーの皆さんは早い目に作られて、ご持参くださいね。
節電と冷やしすぎ防止にご協力くださいませ。
2011.6.5  ついに納得
以前からおかしいおかしいと思っていたことがある。園芸でしょっちゅう言われることに「花がら(枯れた花)はマメに摘みましょう」ということ。
その理由はというと、枯れた花をそのままにしていると、病虫害の原因になるからというのだ。それを聞いたとき、そんな馬鹿な話があるもんか、それならば、
花がらを摘む人間がいない野生の花々の場合はどうなるんだ?全員?病虫害に遭って枯れ果てるじゃないか!と。
その後、私は本当はこうなんじゃないの?と思っていたように言った園芸家もいた。つまり、「見栄えがわるいから」と。
その段階で、いちおう「ほら、やっぱり」と納得したつもりでいた。ところが金曜日の夜のTVでの園芸の番組で、ズバリ理由を言ってくれた園芸家がいた。
「枯れた花をそのままにしておくと、植物は種を育てようとします。そうすると、次々花を咲かせようとはしなくなり、株全体も弱ってきます。次々元気に花を楽しみたければマメに花がらを摘みましょう。摘み方も花柄(かへい)の根元を切るのと、ガクのすぐ下で切るのと、植物によって違います。球根植物は花柄も残しておくと光合成に役立ってくれますから、枯れた花だけ切り取りましょう。球根を育てるのに役立ちます。」と。
まったく目から鱗だった。そうだったのか。相変わらず人間のエゴ(花をのみ楽しみたい)むき出しの考え方だが、それならば、わかる。
本当の理由を教えてくれてありがとう!と感謝したものだ。
とはいえ、私は相変わらず、目の色を変えて花がらを摘むということはしないのだが。タネを育てたいというのもその植物の生き方だろう。
2011.5.27  きらきらの威力
私自身、何故か不思議な力がありそうな気がして、他人へのプレゼントなど、自作の小物であるならば、スワロフスキーのラインストーンを二つ三つくっつけることにしている。
小説についてだが、大好きな佐伯泰英氏の作品も大半読んで、つぎつぎ発売される新刊を待つ状態になってきた。だから、誰かの作品をお気に入りにしたいものだと、探していた。普段の生活でも料理に興味のある私は、小説の世界でも、どうしても、料理を求めてしまう。佐伯氏の作品が好きなのも、その理由の一つが手抜きなく料理の内容が書いてあるからだ。
で、タイトルに料理名のあるものを試しに二冊買ってみた。高田郁氏の「みおつくし料理帳シリーズ」と和田はつ子氏の「料理人季蔵捕り物控えシリーズ」だ。いっぺんにものすごい魅力でぐんぐん引っ張られたのは「みおつくしシリーズ」。一方「料理人季蔵シリーズ」は、ちょっとほのぼの感に欠けるなと、その一冊以上は読むのをあきらめていた。ところが、高田氏はこだわりがきつく、とても遅筆らしいことが分かった。当然の結果として、あっという間に読みつくしてしまった。困ったな、と思っていたころ、単行本の帯に載っていた応募券が当選したのか、かわいい根付けが送られてきた。送られてきたころには、そんなものに応募したことすら忘れていたのだが。それは、角川書店の仕業だと思うが、「感謝をこめて和田はつ子」と書いた箱に入っていた。なんとその根付けは体中がキラキラストーンに彩られたアヒル(?)だった。それを見た私はなぜか、アマゾンで検索して、和田はつ子氏の「料理人季蔵捕り物控えシリーズ」を発売されている限りの分を買ってしまったのだ。そして、後悔するどころか、幸せ気分に浸っている。(ついでに漫画の原作者として活躍していたころの高田氏の作品「落合蛍」も買ったが、到底小説には及ばない。)
というわけで、きらきらの威力を私自身が身を以て実証してしまったのである。
2011.5.8 サブちゃんから
サブちゃんが来てから面映ゆくも母の日にプレゼントが届くようになった。
5日のこどもの日の食事会のときに「お母さん、JIN(仁)ってテレビドラマご存知ですか?あれにはまっちゃって・・めったにドラマにはまるってことないんですけど」とのこと。
「ああ、コミックが原作のヤツでしょう?たしか4巻ぐらいまで持っていて、興味深く見てたけど、久しぶりに買おうと思ってアマゾンで見たら、20巻ぐらいあったから、買うのあきらめていてん」と、いうと、「うちにありますから、お貸しします。たいていコミックが原作のやつって原作のほうが面白いでしょう?でもね、JINはドラマのほうが面白いですよ。とくに坂本竜馬がええ味出しているんですよ」とのこと。(ええ??仁役の役者さんはどうなの?)
というわけで、観葉植物と、缶を開けて水をやっていたら、マメが伸びてきてどこかにメッセージが入っているという代物とともに、大量のコミックを貸してくれました。途中で枯らしたらどうしようと思いながら、缶に水をやって・・・もちろんアロカシアにも。どうやってそういう仕掛けを施すのだろうと不思議に思う。うまく文字が現れたら、また写真を撮りたい。
ところで、どれが一番うれしかったかというと、・・ふふ・・もちろんJINですよ♪
ありがとうね☆サブちゃん☆
そして大混雑の梅田に家族を連れて行った長男にもお礼を言わなくちゃね。
2011.5.7  必需品のプレゼント
やけにたくさんのようだが、これは斜め上からと横からと、二枚の画像を合成したもの。
実はキューズモールの東急ハンズにポットを買いに行って、結局なくて、がっくり疲れたという代物。
後日別のところで、連れ合いが買ってきてくれたもの。
ポットにしても、カップ&ソーサーにしても陶器だから落としたら割れる。じりじりと数が減ってきている。補充せねばと思っていた。
こういう必要にかられたものをもらうと、実にうれしいものだ。
連れ合い曰く「母の日も近いし(くれたのは3日前)プレゼント」とのこと。
うーむ・・私は連れ合いの母親じゃないのだがな、と思いつつ、「ありがと!」と応えておいた。
2011.4.29  名探偵コナン『沈黙の15分(クォーター)』を見てきました。画像はパンフレットから。
まず、申し上げたいことは、「名探偵コナン」をまったく知らない人、もしくは、知りたくもない人は見ないでほしい。
もう一つ、漫画やアニメを「諸悪に根源」と信じて疑わない人も見ないでほしい。
一年かけてコナンを作りあげた人たちに失礼に当たると、私は思います。
左の場面は首都高を特別仕立てのスケボーで逆走するところ。
右の場面は爆破されたダムの水を食い止めるというか、水の流れを変更するために、閉鎖されたスキー場に降り積もった新雪に雪崩を起こそうとしているところ。
まったく、どれを見ても、「ありえへーん!」場面の連続。
だけどね、漫画やアニメを愛するものとしては、「現実味を帯びたストーリー」なんてアニメには求めていない。
「うひゃー!!」とヒヤヒヤしながら「ありえへん、むちゃや」と心の中で思いながら、あのコナンのテーマ音楽に身をゆだねるのだ。
今回のストーリーをちょっと複雑にしているものに、この黒い影のような「犯人像」が単一の人物を表しているのではないところ。
一緒に行った連れ合いのように、途中で居眠りすると、どうなっているのかわからなくなること間違いなし。
スリルあり、サスペンスあり、ほろりとするところあり、多少の笑いあり・・・
いろいろの複雑な味を楽しめるのが、名探偵コナンなのである。早いもので、もう15年たったんだねぇ。
そそ、コナンのアニメをご存知の方は承知でしょうが、いったん終わってエンドロールが流れても、席を立ってはいけない。必ず、おまけがある。
2011.4.6 今年発売の裏同心シリーズに入っていた「佐伯通信」より
『一年ぶりに海外旅行に出た。ベトナム、初めての国だった。私にとって、ベトナムはアメリカ、中国、カンボジアなど、大国隣国と粘り強く戦い抜いてきた勇猛果敢な国という印象が心に強くあった。朝、到着したサイゴン(ホーチミン)の街には、ホンダと呼ばれるバイクの群れが整然かつ混沌として人や物を運ぶ奔流があった。−−中略ーー旅に目的があったわけではない。夏に前立腺がんを宣告された。そこで本格的な治療が始まる前に異郷の空気に触れて気分転換をしたいという想い付きの旅だった。−−中略ーーそして、ベトナムの人々の優しく、含羞に満ちた笑みが魅惑的な旅だった。気分転換は成功だったと思う。命の洗濯になった。二月に「酔いどれ小藤次留書 新春大会」が、三月は「吉原裏同心 決着」、四月に「交代寄合伊那衆異聞 朝廷」、「居眠り盤音江戸双紙 紀伊の変」と続く。「月刊佐伯」はエンドレスだ。このローテーションに加え、決定版「古着屋総兵衛影始末」と「新・古着屋総兵衛」の五作がこの間に出版される。
私は一応ガンを宣告された人間だ。それが生涯でいちばんの量産年とぶつかるとは。「月刊佐伯」と呼ばれ始めたころ、「回る独楽は倒れない。精々働きなさい」とどなたかが、呆れ顔で揶揄された。お言葉に従い、せっせと仕事をしつつ治療に専念(?)する覚悟だ。
サイゴンのバイクの奔流を渡って英気を養った私です。なんとか仕事も病も乗り切るつもりです。』

佐伯泰英氏のウエブサイト http://www.saeki-bunko.jp 上記の通信の全文はこのサイトに載っている。
がんの宣告にもめげる様子もなく、描き続けるよと書いてくれている佐伯氏に脱帽。
前向きに生きるということはこういうことを言うんだよと教えてくれているようだ。
2011.3.21  英国王のスピーチ:上演当時から、「行くとしたら21日の春分の日しかないな」と思っていたのが、母の入院で、あきらめるか・・と思っていたのに、予定通り21日に行けたことに、複雑な思いを抱いている。画像はパンフレットから。若き日のコリン・ファースは検索してヒットしたサイトから。
ジョージ6世を演じるコリン・ファース。この場面はまだ王位を継承していないが父の代理で閉会のあいさつをするところ。吃音(どもり)のため無言の時間が多かった。 上の真ん中の女性はジョージ6世を支え続けたエリザベスを演じるヘレナ・ボナム=カーター。「あなたのプロポーズを二度断ったのは貴方を愛していないのではなく王室に入るのが嫌だったの。でもね、貴方の吃音が温かくて、OKしたのよ」と、夫を励ます。 劇中と同じオーストラリア人。スピーチ・セラピーのライオネル・ローグを演じるジェフリー・ラッシュ。ライオネルは世に出ることはなかったが、ずっとジョージ6世を支え続けた。 こちらのスピーチは映画の最後、第二次世界大戦に参戦することを国民にスピーチしているところ。マイクを挟んで向かいにライオネルがいる。「友人である僕に話しかけるんだ」と。
劇中の関係者役、国民役のみならず、映画を観ていた我々も、かたずをのんで見つめた時間だった。
コリン・ファースは語る。「ジョージ6世は問題を“克服”はしない。そうしてしまうのは嘘だし、間違っていると僕らは思った。彼は自分の障害に向き合って戦うことで、自分の中に潜んでいたいろいろなことを発見した。それはいわば彼にとっての勝利なんだ」と。たしかに、王位継承後もかれはスピーチのたびにライオネルの援助を受けたようだ。5歳のころの乳母による虐待で、吃音が始まったばかりではなく、食事もろくに与えられず、胃腸の弱い人間になってしまった。兄から受けたからかい、父からの叱責、左利きを無理やり右利きにされたり、X脚を金具を付けて強制された。激痛に耐え続けなければならなかった。気の毒なことに、56歳で彼の人生は終わる。その後王位を継承したのは彼の娘のエリザベス2世。彼女も家族の事では苦労しているようだ。高齢の今も、女王としての公務をこなしている。ところで、ジョージ6世を支え続けたエリザベスは夫の死後50年存命であった。その間はジョージ6世の事を映画にすることを禁じた。だけど、この映画を観ると、エリザベス皇太后がこの映画を観ずして亡くなったことが残念に思えて仕方がない。それほど、ロイヤルファミリーに対して、温かい思いで作られているように感じたからだ。
ひとつ映画の中で、ジョージ6世が「ああ、僕はジョージ3世のように狂ってしまうんだ」というセリフがある。
ジョージ3世って乱心王なの?と検索してみると、在位が60年と長くその間は英国の産業革命のころ。業績も悪くなく、家庭内でトラブルを起こすこともない。しかし、いかんせん、9男6女に恵まれたにもかかわらず、その子供たちの放蕩振りで父の繊細な神経が完全にプッツンしてしまったよう。遠因として、7か月の早産であったというのもあるのではないかという説もあるとか。一種の悲劇の王のような気がする。
ところでコリン・ファースというと、なんだか懐かしい名前だなと思ったので検索してみた。すると、出てきました!若いころの美形な画像が。1984年上映された「アナザー・カントリー」のころ、英国には美形の若手俳優がたくさんいることを世界に知らしめた頃だった。
ルパート・エヴェレット、ケネス・ブラナー、ダニエル・デイ・ルイスなどなど
懐かしい名前が見られる。アメリカでも美形英国男優が大人気になったらしいが、当時は、アメリカでも魅力的な若者がたくさんいたのだ。マイケルJフォックス、チャーリー・シーン、兄のエミリオ・エステべス、トム・クルーズ、そして、ジェイムズ・スペイダーも。もう30年も前の話なんだねぇ・・・お互いトシ取るはずだ。
2011.3.11  やれやれ、最後のキットの塊が届きました。
これで一応六回目で、最終。なぜか4回で最終と信じ込んでいて、それまでは、次回の配達までにはすべて仕上げていたのだが、まだある・・とわかってからは、ピッチがガクンと遅くなった。
人間の「やる気」というのはこんなものなんだなとしみじみ思う。
まあ、2011年度の隙間脳トレにしようと決心したので、いつかは出来上がるとは思うが。
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ところで、本日14時46分ごろ地震(震源地は三陸沖、のちには「太平洋沖」となった。)があった。横にゆらゆらと揺れる揺れ方で、かなりの時間続いたように感じた。
その時、JPCには私以外5人さんがいらっしゃったが、ほぼ全員が、自分の体調不良だと信じて疑わなかったところが、宮城県のほうでは、大変な惨事であるというのに、苦笑せずにはいられない。このぐらいのトシになってくると、考えることは同じなんだなと。そして、みんなだまってその体調不良?にじっと黙って耐えていた。それがどなたかが、「地震やな」と言ったとたんにそれぞれが、「また血圧上がってきたと思っていたわ」「こんなに体調が悪いのなら、もう帰らなあかんとおもてたわ」などと異口同音に話し出した。私も「ひどいめまいやな」と思いながら、必死で耐えていた。地球のあちこちが地震や噴火など不穏な状態が続いている。いつなんどきどうなるかわからないから、覚悟は決めておいた方がいいかもしれないな。
2011.3.4  平々坦々と生活する空間を記念に。
月曜日と金曜日は水槽の水を替える日と決めている。月曜日は主に水槽のガラスを拭き、金曜日はフィルターのろ過材を洗う。水を替えるといっても、量としては上から5分の1ぐらいのところまで。とても全部は替えられないということと、魚にとっても毒である。魚を生きながらえさせるためには、彼らにあったバクテリアの分布が適切な量であることに違いないと思っている。これは私の個人的な意見だが、あながち間違ってもいないだろう。
ただ、その水替えのときに、死骸を回収するときが時々あるので、悲しい時や驚くときがある。今日は第一水槽の方、ろ過材を替えたから、明日、エビたちが死んでいないか気を付ける必要がある。ろ過材は変えるとき、絶対に全部変えてはいけない。また、新品のろ過材を、古いろ過材を洗った水に浸して、十分汚く(?)してから使わないと大量のエビが死ぬ。ここには書ききれないので、興味のある人はちっぽけなアクアリウムのページを見てください。
私はたいていパソコンの前に座っているか、その左隣のミシンの前に座っている。なにせ2011年の隙間脳トレは「小物を多数作ること」。
時間があれば、ミシンに向かうことにしている。ただ、仕事場はここだけではない。税理士さんがいらっしゃる前など事務スペースのパソコンの前に座っていることが多い。
ただ、パソコンの生徒さんたちがいらっしゃるときは、呼ばれてすぐに反応できるように、この場所にいる。
しかし、カメラの眼を通してみるとなんと雑然としていることか。
ミシンをここに持ってきたのは一月の初めから、2月の18日、クッキングパーティの前日まで実施していた『2010年隙間脳トレ作品展示会』の会場を作るためだった。

おかげでミシンを触る機会が増えて、2011年の隙間脳トレの課題が決まったわけだが。

何年か後、このページを見ると、「ああ、あのころはそんなこともやっておったな〜」と懐かしく思い出すことだろう。
2011.2.12  「参ったな〜」
何故4か月で終わってしまうと信じ込んでしまったのだろう。今月またどっと届いた。
ガチョーンとしばらくあっけにとられていた。そういえばあのつるし飾りの「つるす部分」はあと二か所残っていたなぁと、わざと目をつぶっていたところをしみじみ見てみる。
もうね、以前のような馬力ではできない。仕方がないから、それらも、隙間脳トレに組み入れようと思う。個数的には約50個としていたから、それで大分稼げるってなもんです。
それにしても、参ったな〜・・
2011.2.12  自分の健康度合いを知る方法と老化現象について。
下で書いたことと重複する部分もあると思うが、「自分は果たして健康なのか?」の判断基準を書いておきたい。

@食事前に(厳密な言い方をすれば前回の食事ののち5時間前後で)空腹になるか。
A夜寝るとき気持ちよく眠れるか、朝は気持ちよく起きることができるか。
Bお通じとお小水は気持ちよく出るか。

この3点のみである。

極端な言い方をすれば、風邪をひいても、頭痛がしても、あちこち痛くても上記の三点が○印であれば、それは「健康である」と言える。
ちなみに「健康」とは「どこも悪いところがない状態」をいうのではない。
『具合の悪いところとも、なんとかうまく付き合っていける状態』のことである。

社会生活をする上に置いて、ず〜と同じ状態ではいられない。風邪も引くし、頭もいたくなる。肩もこるだろうし、足腰もいたくなる。
だけど基準は上記の三点。

では、その三点ができなくなったときどうするか、それが下で書いた三点セットで自分自身を治療するということなのだ。

@については既述だが、原因を探ってみることが大切。それによって、一食抜くか、少し粥など食べてみるかは自分で判断する。
わからなければ、両方やってみるといい。

Aについては「食事」と「プラス思考」を実行すれば必ず○印になる。
ただ、睡眠薬は精神に麻薬的依存性を生ずるのでやめるためには強靭な意志の力が必要かもしれない。
もしくはそんなことを忘れるぐらい、充実した昼間を過ごすことか・・・

ようは考えても仕方のないことを考えないことだ。
そして対人関係に関しては相手を責めるのではなく、自分が悪かったのかもしれないなと思ってみる。
そしてそう思ったら、「すまないことをした」と、先に自分から謝ってみる。
そうすると、その晩から信じられないぐらいによく眠れるのではないかな?

Bに関しても、三点セットがきちんとできていれば○印になるはず。

上記の文章から受け取ってほしいことは、血圧やコレステロール値、血糖値などに触れていないこと。

医者通いに熱心な方は毎年何度も健康診断をうけられる。
それらの数値は「参考」にするべきで、その数値で一喜一憂することほど愚かなことはない。

いつも申し上げるのです「あなたはその状態で、どこか具合がわるいですか?」と。
たいていの方が「べつにどこと言って悪くない」とおっしゃる。
にもかかわらず医者にかかり、無理やり(と私には思える)薬を出し合てもらい、忠実にのまれる。

薬はもろ刃の剣なのだとどれだけ口を酸っぱくして申し上げてきたことか。
最近ではあきらめて、半ば感心しつつその忠実に薬を飲み続けられる方々を眺めている。

どれだけ信頼し、尊敬している医者であっても、その人の一言一句に振り回されてはなりません。

医師に「不眠は私には治せない」と言われて鬱状態になった方がいる。
その時のプラス思考は、「ああ、不眠は病気じゃないんだ。だから医師には治せないんだ」と思うこと。
おそらくその時医師もそういうつもりで言ったのであろう。そういう場合、そういわれた本人さんの家族も、「ひどいことを言う!」などと言わず、
「よかったね、不眠は病気じゃないんだよ。だからあの先生にも治せない、ということなんだね。」と言ってあげればよかったのにと残念に思う。

ご自分のお身体の主治医はご自分です。

よくおっしゃる言葉に、「私は知識がないから・・」がある。
その場合の知識とは何を意味するのか、医学や薬学などの知識だというのでしょうか。

ご自分の食欲、睡眠、排出についてはだれあろう、ご自分が一番よく知っているのではないだろうか。

そしてどうしても原因がつかめない時、医院の門をたたけばいいと思う。薬剤師でも相談には乗れる。

もう一つ、よく聞く言葉に、「なんでも『加齢のせい』ですまされる!」がある。

それが不満なのだろうか。よく考えてみるがいい。機械でも何年か経つと老朽化する。パソコンなんて5年持てば上等。
それがどうだ人間の身体は70年どころか、80年90年100年ともつ。すごいことだ。
ひとえに自律神経が営々と営む新陳代謝のたまものだろう。

しかし、そんな年まで真っさらというわけにはいかない。あちこちガタがくるのは必定。
だから、トシをとってからの異常は加齢のせいなのだ。
いわば、今まで生きてきた勲章。

よくやった!とその加齢部分をも受け入れてやりましょう。こき使ってきたところをごめんねと大切にしたいものです。
2011.2.10  自己健康管理について。
これは以前から書きたい書きたいと思っていたこと。
健康になるための必須条件の3点セットについてはあちこちで何度も言ったり書いたりしている。
つまり、「食事」「睡眠」「プラス思考」の3要素。

ここでは「おかしいな」と思った時のことを書いてみよう。
朝、昼、夕と食事の時間になってもおなかが空かない時。空かないことをこれ幸いと食事を抜く前に、理由を考えてみよう。
その前の食事に脂っこいものを食べなかっただろうか。胃腸風邪など胃腸のトラブルに見舞われている場合は、別にして、特に思い当たることがないのにおなかが空かない時、お茶碗に半分ぐらいのご飯をよくかんで食べてみる。おかずは塩昆布でも佃煮でも、浅漬けでも何でもいい。おかずの量を少なくして、ご飯を食べる。その炭水化物がグルコースとなって、原因となっている事柄を取り除いてくれることが多い。

次にお通じやお小水の量や質がおかしいとき。つまり便秘や下痢、頻尿や残尿感などの異常。
ただ、これに関しては個人個人のリズムがある。人と比べてどうとか言うことではない。たとえば、ビールなどをよく飲む人は、下痢気味の場合があるかもしれない。そういう時は、身体が、摂りすぎた水分をその形で排出しようとしているのだから、心配はいらない。下痢を止めてはいけない。
逆に便秘の場合は、水分の摂り方がすくない場合もある。3日に一度がその人のリズムである場合もある。その場合はそれでいいのです。
なお通じの場合は、心の持ち方が大いに関係する場合がある。
イライラしたり、緊張したりすると、便秘になりやすい人はてきめんに便秘になり、下痢しやすい人はそれがひどくなる。

ところで、自分の排出物を見もせずに流してしまう人がいるのには驚く。大小便は身体からのメッセージだと思ったらいい。
そのメッセージを受け取らずに捨ててしまうようなことをしていては自己健康管理はできない。じっくり観察するべきである。

次に睡眠について。
一番不思議に思うのが、定年退職して、年金で十分に暮らせる人が、なぜ寝られないからと睡眠薬や催眠薬をのむ必要があるのか。
寝られなければ起きていればいいではないか。翌日昼間に眠くなれば、ウトウトすればいい。もちろん風邪をひかないようにして。
何日かの後には身体が「自分は人間で夜行動物ではなかったんだった」と思い出して、夜になれば寝られるようになる。

またこれも相変わらず言われていること。夜は寝るだけだから食べなくてもいい。
これに関しては30年以上前から、故鈴木その子氏が言い続けておられた。
ねている間、人間の機能は停止しているというのだろうか。身体は暖かい。ということは、燃え続けている(消化分解してエネルギーを出し続けている)という意味なのだ。朝になれば大小便を出したくなる。ということは、それらが寝ている間に作られているということを意味している。また、細胞の新陳代謝が行われていることは、睡眠不足だと、肌色がくすんでいることでわかる。
つまり、十分寝れば、はつらつとした肌になるということを意味する。
そして、おそらくその新陳代謝は皮膚だけの事ではあるまい。内臓をはじめ血液など体内をめぐる細胞などにもいえることではあるまいか。どちらかというと、皮膚の新陳代謝は最後のほうに回されていることであろう。身体は命にかかわることから先に処理する。

多くの女性(最近は男性も)が気にする「シワ、シミ、白髪、体の曲り(圧迫骨折)」などは人間の身体、正しくは大脳をはじめ、自立神経などの神経系にとっては、枝葉末端jのささいなことなのだ。
それよりも生きていくための恒常性を保つために、手がいっぱい。そんな外見的なことにかかずらっていられない状態。

だから、それらも身体からの信号、メッセージだと思ったらいい。「ああ、身体の中は大変なんだな」と。

一般的に夜に働く神経を副交感神経という。そのねている間に大活躍してくれる副交感神経をも睡眠薬で眠らせてしまうことになったら大変なことになるなとは思わないのだろうか。睡眠薬なんぞ恐ろしくてのめないんじゃないかな?

次にプラス思考について。
世の中には、何でもかんでも悲観的に、もしくは悪意をもって受け取る人がいる。まったく損をしているなと思う。
誰でも心の中には鬼や悪魔を持っている。反面仏や神も持っている。その比重をどうコントロールするかで穏やかな人生を送れるか、悲惨な無残な生涯になるかが決まる。
ある事柄について、周りの状況はまったく変わらないとする。その場合、自分の心の持ち方ひとつで、その状況を呪ったり、嘆いたりするのか、こともなげに受け入れ穏やかに生きるか、感謝に満ちた生活を送るか。これはまったく天国と地獄の差以上のものがある。

永年くすり屋をやってきて、忘れられない出来事がある。
その人は、町の薬屋で売れる程度のゆるいものであったが、精神安定剤や鎮痛剤ばかり買う女性だった。
一度訊いたことがある。「なにかイライラなさっているのですか?」と。そうすると、家族、特に夫の事を「頼りにならない。自分がいなければどうなるかわからない」といった意味の事を腹立たしそうに話された。たばこのにおいをぷんぷんさせながら。

当時の私が今の年齢であったなら、「食事の事、睡眠の事」など詳しくお聞きして、最終的に「プラス思考」まで話を持って行けたかもしれない。
お茶でもお出しして。座っていただいて、ゆっくり心を開いていただいて。

そこまでの人間ができていなかった自分自身を残念に思っている。当時は自分の若さを呪ったものだ。

あろうことか、その女性は自殺をしてしまったのだ。驚きと、無念な気持ちと、やはりそんなことになってしまったか!という気持ちがないまぜになって、やるせない思いをした。
その後、主婦のいなくなった家族は、ばらばらになってしまっただろうか。
まったくその逆である。ごく平穏に家族仲良く暮らされたようである。

なぜそれを知っているか、当時そのご家族の全員がうちのお客様だった。
だから、その後もそのご家族の表情を見続けることができたのだ。
ばらばらにそれぞれ鎮痛剤を買いに来られていたのだが、その事件ののち、彼らが鎮痛剤を買うことはなくなった。

彼女の人生はいったいなんだったんだろう・・・・・家族、特に連れ合いの悪いところばかり見ずに、よいところを探されていたら、
きっと彼女も幸せな家族の一員になっていただろうに。

さて、長々と書いてきましたが、次回は、自分の体調の判断の仕方について話をしようと思います。
2011.1.31  煮物などのときに浮いてくるアクについて。
目の敵のようにとることを私はしない。
とれる場合はとる。
コンソメスープのように透明にすることだけに躍起になるようなまねはしない。
調理前に食材をアルコール(うちでは焼酎)を滴下した水に1時間以上浸しておくという下処理を行っている。
また、できるだけ野菜を生では食べないようにしている。
大量の肥料使用により、硝酸塩を大量に含む野菜が増えている。
特にシュウ酸も含むホウレンソウなどは必ずゆでてから調理する。
ところで、アクは渋みやえぐみの原因になるということだが、それらは料理として、あってはならないものなのか?と考えている。
たとえば、コーヒー。
料理じゃないじゃないかといわれそうだが、私が、「アクは悪なのか?」と疑問に思い始めた発端がコーヒーだから、それについて語ってみよう。
うちではSONOKOのコーヒーを使っている。
いつもお出ししているコーヒーは朝早く作り置きしていたものを温めなおしてお出ししている。
喫茶店(?)の風上にもおけんと怒る方もおられるかもしれないが、意味があってやっていることなのだ。
SONOKOコーヒーは淹れたてと時間がたったものとは相当に味が違う。
淹れたては、かなり素直な味。
「?コーヒーってこういう味だったかな?」と思えるほど。
それが、2〜3時間たつとアクのおかげでとてもコーヒーらしい味になる。
しかも、コーヒー好きの私に言わせると、「相当おいしい!」。
さらに砂糖を入れると、ものすごい疲労回復効果がある。
そんじょそこらのドリンク剤など足元にも及ばないぐらいの。
心身ともに疲れ果てた時に飲むと、とてもよくわかる。
というわけで、アクは必ずしも悪ではないなと思うようになったのである。
もう一つアクが堂々と王道をまかり通っている例がある。
豚骨ラーメン。
あの白く濁った汁は出てきているアクを掬い取る暇がなく、そのままにして置いた結果の産物。
瓢箪から駒と申しましょうか、あの味は「コクがある」と表現される。
私の基準から行くと「コクがある」とは、「複雑な味、もしくは油を含んだ味」ということになっている。
アクが再び溶けた汁の味はまさしくそういう味だということだろう。
ただし、料理人としては、注意せねばならないことがある。
自分が食べて、判断する必要がある。
食べている最中の味ではなく、『後味』が重要な判断基準。
料理における最上の『後味』は、『なにも残らないこと』だと今の私には思える。
昔々、かなり高名なホテルでフィレステーキを食べたことがある。
後味が苦い。
で、ウエイターに「これ苦いんですが、これでいいのでしょうか」と尋ねたら、料理長らしき背の高い帽子をかぶった人がステーキ肉の切り分ける前の大きな生肉を大皿に入れて、私の目の前に出して、「これを切り分けて焼いたのですよ」とおっしゃる。
あのね、味は見てもわからんのですよ。
と言いたかったですが、肉を見せる御仁にそのようなことを言っても無駄だろうと、「ああ、私の舌がおかしいんですね。失礼しました」と言っておいた。
本当は「これを食べてごらんなさいよ」と言いたかったところだが、そういう人にはその苦味はわかるまいなと思ってやめた。
今から思うと、飼料に含まれていた農薬、発色剤などの添加物、そしてホルモン剤や抗生物質などの渾然一体となった味であったのだろう。
後味の苦いものは危険信号。
たとえば、ゴーヤやコーヒーなど、そのものの味が苦いというのと、『後味が苦い』というのとでは全く違う。
料理の味は後味で決まると私は思っている。
だから、TVなどでタレントが料理を食べて、口に入れた途端、「おいしい〜〜」なんて言うのを見ると、「早くよくかんで飲み込んでから感想を言いなさいよ」と心の中で思う。
2011.1.13  なぜ平々坦々に至ったのか。
ある日メンバー様のおひとりに質問された。
「そういう気持ちになったのは、昔に何かあったのですか?」と。

うーん・・・と考えても、自分では波乱万丈な人生とは思っていない。
結婚する前に夫が仕事を辞めて、ぷー太郎になり、学校へ行きなおしたことも、
二度の流産も、
舅が亡くなって独りで商売をするようになったことも。
息子が小学校の時にいじめにあい、一枚だけシャッターを閉めて、学校まで迎えに行った日々、
中学は いじめから逃れるために遠く横浜の学校へ入れたこと。断腸の思いだった。
そして、二年後また大阪に転校させたことも。(そのころにはいじめは収まっていたようだ。)
自分自身が42歳から准看の学校へ行ったことも、
まだまだ数えればいっぱい出てきそうだが、
それらすべての事は、人生の単なる一幕としてとらえてきた。

だから、それらではない。
ただ一つ強烈な想い出がある。平々坦々に到達した根源としたら、それしかない。
頭の中の考え方を変えただけで、黒々と、どろどろとした想いがみるみる浄化されていったという経験。

毎日舅との仕事で心身ともに疲れていた。
ある日曜日、夫に店の仕事を手伝ってくれるように頼んだ。日曜日は舅には休んでもらっていたからだ。
(当時はコンピューターを導入していなくて、在庫調べも手作業だった。)
「ちょっとは手伝ってくれんと、死んでしまいそうや」などとオーバーな脅し文句付きで。
先に店に降りて、在庫調べをしていたが、一向に夫は降りてきてくれない。
むかむか感がどんどんエスカレートして、頂点に達しかけたとき、何かがはじけたように、ある考えが脳裏に浮かんだ。
「そうか!今日の休日は、夫にとっては休息するためのもので、私の手伝いをするための日曜日ではないんだ」と。
誰が考えても、当たり前の事なのだが、自分の事しか考えていなかった私にとってはまるで目隠しをされていたように、その考えに至らなかった。
天の大いなるものが、あたかも私の目隠しをむしり取ってくれたように、いっぺんに目の前が開けたのだ。
その間 数秒。私は同じ姿勢を取っていた。
それなのに、精神状態は地獄から天国。ふわ〜っとエレベーターでのぼっていく感じに似ていた。
その後、1時間ほどして、ふてくされた顔をして手伝いに来てくれた夫に対して、
「せっかく休んでいるのに、わるいねぇ。ありがとう。たすかるわ。」と心から言ったものだ。
私のむくれた顔を見なければいけないだろうと覚悟して降りてきた夫のあっけにとられた顔と言ったら。
機嫌よく手伝ってくれて、仕事は大いにはかどったことは言うまでもない。

それ以後である。
「考え方を変えれば、地獄から天国に」
「相手を変えようと思ったら、自分が先に変わること」
いいことも悪いこともどんどん記憶が薄れていく中で、この想い出だけは、薄れるどころか、ますますくっきりと焼き付いている。